「親なきあと」子どもが困ることのないように、預貯金や不動産を遺す親御さんは多くいらっしゃいます。
しかし、障害者が相続人となる場合の財産の遺し方には注意が必要で、相談室ファミリアで最も多い相談の一つです。
知的障害者・精神障害者の場合、とくに対策が必要なのは「相続財産の管理方法」です。
相続財産を管理するには
相続によって一度に多くの財産を手にしてしまうと、家計の管理がうまくできず浪費してしまい、浪費癖がついてしまったり、
悪意のある業者などにだましとられてしまうケースが多くみられます。
また、財産を引き継いだ障害者自身がいずれ亡くなった場合、親が遺した相続財産はすべて国のものになってしまうケースがあります。
(知的障害者・精神障害者が遺言を書くことができない状況で、かつ障害者自身に相続人がいない場合)
つまり、障害者が相続する財産については
・財産を管理しながら使っていくためにはどうするか
・信頼できる財産管理人はいるか
・障害者自身が亡くなったあとの財産をどうするか
を考えることが非常に大事になってきます。
これらの問題点を解決できる手段として
「信託」という制度・契約が注目されています。
信託の種類
「信託」には大きく2つあり、
①信頼できる「個人」に財産の管理と、その後の財産の流れを託す「民事信託」
②信頼できる「銀行」や「法人」に託す「信託銀行・信託会社」
があります。
これらの手段は比較的認知度が高く、いろいろな専門家が親なきあと対策の手段として提案しているのですが、下記のような理由により、実際に活用されているケースは少ないのが現状です。
①民事信託
・個人間で財産を託すことに対して、心理的ハードルの高さがある
・個人間であることから財産管理者の横領、死亡等のリスクがある
・契約締結に伴う専門家費用がかかる
②信託銀行・信託会社
・契約締結等の初期費用が高い
・信託財産の下限設定に引っかかってしまう
・信託銀行・信託会社の営業支店のエリアが限られている
これらの課題に対して、最近「生命保険信託」という新しい選択肢を利用する場合が多くみられます。
新しい選択肢である生命保険信託とは
そもそも、障害者が障害年金等を計算に入れて、生活保護に頼らずに生活していく場合、入居施設によっては、十分な生活をするためには、数千万円の生活費用が必要と言われいます。
平均的な収入の家庭で、この金額を貯金するのは現実的ではありません。
そのため、生命保険契約を利用して、親なきあとに必要な金額を死亡保険金として子どもの遺す方がほとんどです。
ただし、その保険金がそのまま一括で支払われてしまうと、結局財産管理がうまくできません。
そこで活躍するのが「生命保険信託」です。
生命保険会社から子に支払われる保険金を、生命保険信託会社が管理し、生命保険信託会社を通して、子に分割して交付をすることができます。
つまり親が事前に生命保険信託会社と契約し、定めた金額や期間通りに、生命保険信託会社から子に支払うことができる、という仕組みです。
その支払い方は信託契約の中である程度自由に決めることができ、
「保険金の中から毎月10万円ずつ交付する。」
「20歳になるまでは毎月15万円ずつ交付し、20歳の誕生日に一括で残額を交付する。」
というような決め方もできます。
また、信託契約である性質から
「子が亡くなるまでは、月15万円ずつ交付し、子が亡くなったあとは〇〇施設へ全額寄付する。」
などの決め方もできますので、障害者の子が遺言を遺せない場合も国に財産をとられてしまうことはありません。
さらに民事信託や信託会社・信託銀行を利用する場合に比べて、手数料も格段に安く済みます。
この生命保険信託をうまく使えば、親なきあとの対策の幅は大きく広がります。
ただし、生命保険金以外の財産についても対策は必要なので、他の制度と組み合わせてスキームを組むべきでしょう。
分割交付のメリット
障がいのある子供の財産について、月々必要な金額だけを渡す「分割交付」が有用である理由を説明します。
財産の管理を代わりに行う制度としては「成年後見制度」というものがあります。
この成年後見制度の主な役割のひとつに「分割交付」の機能があります。
成年後見人が毎月必要な分だけをお小遣い制のような形で渡し、お金の使い過ぎやだまし取られてしまうことを防いでいます。
ただし成年後見制度そのものについては難点も多く、利用に躊躇するご家族も多くいるようです。
その中で、この生命保険信託は、成年後見制度を利用せずに分割交付の役割を果たすことができるので、今後親なきあと問題の対策にどんどん使われていくことでしょう。
生命保険信託の活用例
若年夫婦向け、今からできる対策
30代前半のご夫婦で、知的障がいのある子どもの年齢が5歳の3人のご家族。
ご相談の内容としては、当相談室の存在を知って少しでも今からできる対策をしたいということでご相談いただきました。
ご夫婦のご意向として、あまりお金のかかる対策を今からすることには抵抗があり、少ない予算でできる対策をとることにしました。
生命保険信託の設定
まずは、親なきあとのファイナンシャルプランから検討しました。
がグループホームに入った際に必要な費用・後見人の費用・日用品購入の費用等々から逆算し、月々必要な金額を割り出します。
その金額に対して、子供の現在の年齢から平均寿命を基準とした月数を乗じて生涯に必要な金額を割り出します。
数千万円以上の金額が必要になってくるので、生命保険以外で準備するのはなかなか難しいかもしれません。
その金額を実現できる生命保険を設計し、あわせて生命保険信託を設定します。
今回の事例では、年齢や収入を加味し、夫を保険者として設計し、最初の受取人を妻にして設計します。
これは障害のある子供を受取人にしていた場合、夫が亡くなったときに、子供の名義の口座に保険金が振り込まれてしまうと、妻が子供のためであっても自由な出費をすることができない可能性があるからです。
このときに、生命保険信託を利用することで、受取人について自由に変更をすることができます。生命保険信託の世界では、保険金を受け取る者のことを、「受益者」と表現するのですが、最初に保険金を受け取る「第一受益者」を妻に。妻が亡くなったあとに保険金を受け取る「第二受益者」を子供に設定します。
保険金に関しては毎月分割交付にし、毎月受け取る保険金については妻が生きている間は、毎月妻が保険金を受け取り、妻が亡くなったあとは毎月子供が保険金を受け取るというように設定します。また「第三受益者」についても念のために設定し、子供が亡くなった場合には、夫の甥が受取人となるように設定しました。
こうすることで将来子供に相続人がいない場合でも、保険金が国のものにならないので、より家族の思いに沿ったお金の使い方ができます。
もちろん分割交付を行うことで、本人の浪費や大金を持っていることによって犯罪に巻き込まれてしまうことを防ぐことができますし、また将来子どもに成年後見人・任意後見人が選任された場合にも管理の負担や横領の負担を減らすこともできます。
簡易な自筆証書遺言書の作成
今回の事例では、生命保険信託の設定とあわせて、簡単な遺言をご夫婦ともに作成しました。
障害のある子どもがいるご夫婦の親なきあとで注意すべき点は、「遺産分割協議」を省略できるかどうかという点です。
遺産分割協議には契約に近い性質があるため、当事者に十分な判断能力が必要です。(民法では行為能力と言います。)
障害者本人がその遺産分割協議に参加するためには、裁判所で代理人を選定してもらう必要があり、場合によっては子供の一生の後見人がそこで決まってしまうこともあります。
つまりご夫婦の片方が不慮の事故で亡くなってしまった時点で、銀行の口座が止められてしまい、その口座の解約のために膨大な時間がかかることと後見人が限定されてしまう可能性があるということです。
しかし、実は簡単なことで防げます。自筆で良いので、下記のような簡単な遺言書をつくれば良いのです。
遺言書
私、遺言者である○○(生年月日)は、全財産を妻(夫)である××(生年月日))に相続させる。
平成 年 月 日
○○ 印
自筆なので、時間もかからず、10分少々でつくることができます。これだけで、遺産分割協議を省略できるので、不本意な成年後見人の選任を防ぐことができます。
この事例でも、上記のような簡単な遺言書を作成しました。
※上記の記載はあくまで記載例です。詳細な書き方については専門家に相談したほうが確実です。
もちろん、金融機関の対応によっては上記の簡易な遺言では対応してもらえない可能性があります。
事例のご夫婦も詳細な不動産の表示の記載、口座番号等の口座情報を記載したうえで、公正証書によって再作成する予定になっています。
こちらのページもご参考に。
この事例のように、生命保険信託と簡単な遺言を組み合わせることで、限られた予算でも十分な対策をとることができます。
そういった対策でも、残される子供にとっては大きな利益となるでしょう。
親なきあと問題の対策について何を始めたらよいかわからないという方も、生命保険信託の利用の検討から始めてみてはいかがでしょうか。
司法書士 渡邉護
生命保険信託についてのご相談についてのお問い合わせはこちらへ。
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